テレワークに本当に必要なもの

通勤地獄。これが無くなるだけでも充分に導入価値がある

テレワークは素敵だ。

以前からテレワークの利点を声高に繰り返し主張しているが、まず、通勤地獄がなくなること。これが一番大きいだろう。

非常事態宣言明けのコロナウィルス感染者数の増加をみても、今、いかに通勤電車内の「密」がデンジャー・ソーンであるかは明白である。(都内に通勤しているサラリーマンにとって死活問題だ)時おり、ニュース番組で、朝の品川駅コンコースの混雑ぶりを映し出す場面があったりするのだが、スーツ姿にマスクを着けたサラリーマンの群れが、砂糖にたかるアリのごとく一方向に行進する様を見ると、本当にゾッとする。あの大群の中に、無症状の感染者がどのくらいの数いるのだろうか・・・・・。

サラリーマン人生における、最も無駄で、生産性のない時間の使い方といえば、間違いなく長時間通勤をあげる方がほとんどだろう。私の友人の話で恐縮だが、神奈川の西の端から、豊洲まで通勤している猛者がいる。彼の通勤時間は片道2.5時間。計算するまでもないが、往復で5時間も、電車による移動に貴重な時間を費やしているのだ。
朝は4時30分に起床。慌ただしく身支度を整え朝食を摂り、5時ちょっと過ぎの電車に乗り込むと、途中下車駅までの2時間近くを、不足している睡眠時間に充てる。夏場はまだ我慢できるそうだが、真冬の厳しい寒さは想像を絶するらしく、電車に乗り込んでから日が昇るまで、余りの寒さに眠ることもままならないとこぼしていた。
残業になり、会社を出る時間が20時を過ぎようものなら、帰宅する時間は軽く22時を回ってしまう。食事をして入浴、後は翌日に備えて早々に就寝しなければならない。身体が持たないからだ。帰宅してから自分の自由になる時間は全くなく、やりたいことは全て週末に持ち越しとなる。

これでは通勤するだけで、精根尽き果ててしまうのも仕方なかろう。
彼はしばらくして、体調不良により休職を余儀なくされた。身体だけでなく、心まで疲弊してボロボロだったのである。休職中に非常事態宣言が発令となり、コロナ禍の最中に身体を休めることができたのは、彼にとって不幸中の幸いだった。満身創痍の状態でウィルスに感染したとあっては、アッという間に重篤化することは間違いないからだ。

このように、通勤地獄が無くなるだけでも、テレワークを導入する価値は充分にあるといえるのだ。

リモートワークならではの新しい暗黙の了解

さて、テレワークについて本当に必要なものは何であろうかと考えてみる。

リモートワークにおいて、意思の疎通(会話)は、パソコンの画面越しで、チャットソフトやTV会議を通じて行われることになる。オフラインで行われるそれらとは、明らかに異なるお作法や心構え、明文化されない新しいルールが暗黙の了解として、知らぬ間に生まれていたりするのだ。
笑えない新たなる暗黙のルールと言えば、朝一番で上司に送信する、「これから仕事を始めますメール」がその最たるものだろう。部下が実際に作業を開始しているかどうかなど、チャットソフトのプレゼンス表示を見たり、パソコンを起動した時にサーバに自動送信されるログを見れば一目瞭然だと言うのに、どうしてこんなメールを送信することが、知らぬ間に義務化されてしまったのだろうか。
仕事の基本は挨拶から!という、社会人としての基本習慣を、せめて定時メール送信という形で代替・成立させようとしているのだろうか。本当に下らないと思う。どうせ上司は送信されたメールなどロクに見てやしないのだ。火球の用事が発生し、その担当者に連絡を取りたくても取れない時に、ようやく、その担当者のからのメール送信の有無を確認する程度のことなのだ。始業時間にパソコンの前に座っているか否かの、形式的なエビデンス提出以外に何の意味も持ってはいないのだ。(時として、そのエビデンスが必要な場合も出てきたりするのだが)

また、テレワーク中、最も頻繁に利用されるのがTV会議システムだろう。
私が従事するIT業界では、共通で確認しなければならない資料は画面で映し出すので、パソコンに付いているカメラは、よほどのことが無い限り使用する用途がない。嫌いな上司や同僚の声を聞くだけでも嫌であるから、顔を見ることのないTV会議は、対面形式で行われる会議より気が楽である。

ただこのTV会議にも難点はある。
上長である部長、さらに上位上長である本部長が出席する会議ともなると、俄然話がややこしくなってくるのである。本部長などは下手なアイドルより遥かに忙しく、それこそ15分刻みで会議スケジュールが入れられている。本部長への会議出席を依頼しようとスケジュールを確認した時、次の週までビッシリと隙間なく予定が入っており、どうすることも出来なかった。また、そういう時に限って、本部長決済必須マターの締め切りが前倒しになったりするのだ。必須出席者の遅刻、資料の配布忘れ、その他、様々なミスの発生による会議開始遅延は、まさに命取りとなる。

安定した通信環境と機器、そしてアプリケーションの設定が何より一番大切!

艱難辛苦を乗り越え、ようやくブッキングした本部長とのTV会議。
出席必須のメンバーは揃っている。資料もメールで配布済みだ。議題も何度も確認し、流れるような進行を妨げるような憂慮すべき要素はなにもない。
バッチリだ、大丈夫。

定刻となった10時45分、参加メンバーがTV会議システムに続々とログインしてくる。同僚の課長も揃っている、部長もOKだ。本部長・・・・・。うん、本部長もしっかりとログイしている。
「え~定刻になりましたので、○○○プロジェクトの進捗および課題会議を開催いたします。皆さん聞こえますか?」
高らかに開会を宣言した我が声が、マイクに乗ってスピーカから流れ出てくる。

・・・・・と思った瞬間、スピーカーから本部長の汚い関西弁が響いてくる。

「あん?これどないなっとんねん?システムには入ってんのに、なんで誰の声も聞こえんのや?ったく、しょうもない、イライラするなぁ・・・・・オイ!」

本部長のダミ声は聞こえている。慌てた私は、同僚の課長に即座にテキストメッセージを飛ばす。
「あれ、俺の声は聞こえてますよね?大丈夫ですよね?」
どうやら私の声は会議出席者全員に届いているようだった。ただひとり、本部長を除いては・・・・・。
スピーカーから流れる本部長の様子から察するに、さきほどから、パソコンやTV会議システムの設定を自分で確認しているようなのだが、一向に治らないことも手伝って、イライラが募っているようなのだ。

「オイ!何も聞こえへんぞ!どないなっとる?らぁ!!」

本部長の怒りのボルテージがアップしていき、一触即発の状態となってきている。もしこの状態で会議室に居たとしたら、その場の空気は、本部長の怒りの摩擦熱で焼け焦げるような臭いを発しているはずだ。まさに、マッドマックス・怒りのデスロード状態。私は狼狽し、アタフタと慌てながらも様々な機器やシステムの設定状況を確認するが、何が原因で本部長のスピーカーに我々の声が入らないのか、皆目見当がつかない状態であった。
口をパクパク開けながら目を白黒させる私。もう水槽の中の酸欠金魚と化している。

「もぅええ!こんなんやってられんわ!!」

漫才のシメの台詞のような言葉を残し、本部長はTV会議システムから退出してしまった。退出と言うより、ソフト自体を終了させてしまったのだろう。
本部長決済をもらわなければならない議題については、結局は何の合意も得られないまま、あえなく会議は時間切れとなった。というより、本部長の怒りの退出により強制的に終了させられてしまったのである。

リモートワークで何が必要かと問われれば、私は迷わずこう答える。
絶対に途切れることのない、しっかりとした通信環境と通信機器。しっかりと事前に動作確認を完了させたTV会議システムこそが一番大切であると。

後日、風の噂で聞いたのだが、本部長のパソコンのスピーカーがオフになっていたらしい。

付け加える。リモートワークに必要なのは、スピーカーのスイッチがオンになっていることも、しっかり確認しなければならない。

ペンディングになってしまった本部長決裁事項は未だに承認をもらえていない。
承認をもらえていないので、そこから先の事務処理が進まず、最後の最後は顧客からのクレームが矢のように飛んできたのはいうまでもない。

リモートワークは素敵だ。
ただ、スピーカーをオフにさえしなければ・・・・・。


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