アラフィフ美容院に行く

学校指定?

数年前まではバーを経営していた店舗が閉店。
その後、内装を大々的に改装し、営業をはじめた美容院が隣の駅にあるのは知っていた。

行動の動機付けや物事の価値基準を、「面倒くさい」か「面倒くさくない」か、の二極で半世紀以上乗り切ってきた人間にとって、自身の身だしなみ、とりわけ髪の毛の手入れについては、常にナーバスな問題として長年私を悩ませ続けている。
嫌いだ。果てしなく面倒くさいのだ・・・・・。

私の住んでいる神奈川のクソ田舎町では、小学校の頃にお世話になっていた理髪店が激減している。
壊滅状態といっても差し支えない。
赤・青・白の三色が細長い円柱の中でクルクルと回る、謎のサインボールが店先に鎮座する、ロードサイドに数件は点在していた昔ながらの理髪店だ。
店内の椅子に座れば、たちどころに後頭部の二歩手前まで、青白く地肌が見えるまで刈り上がった髪型に仕上げられてしまう。こちらの希望・要望など聞かれたことなど、ただの一度もない。

TV番組でラ・サール石井氏の小学生時代の写真がネタとして出てくることがあるが、私を含め、ほとんどの同級生が、彼と同じような髪型で小学校低学年時代を過ごしていたのだ。
あの髪型に何の疑問も抱いておらず、ワカメちゃんの如き青ゾリ後頭部を持つヘアスタイルが、学校指定の髪型なのだと固く信じて生きていた。
でなれば、こちらの要望を一切受け付けない店主の態度に合点がいかぬ。
いくら低学年の小学生といえど、自分の希望・要望の一切が黙殺される事態に遭遇すれば、それはすなわち、問答無用でそれを受け入れるざるを得ない事柄だと洗脳されてしまうのは必至である。
ゆえに、あのヘアスタイルは通っていた小学校指定だと思いこんでいた。
(学校指定の制服はあろうが、指定の髪型などは昔も今もないであろう)

小学生。
特に低学年児童の行動半径などタカが知れており、近所に理髪店が数えるほどしかなかったから、同級生の髪型もほぼ同じであったのだ。
前髪を眉上で一直線に切り揃え、耳の周りから後頭部付近までバリカンで刈って、遊び毛や顔の産毛を剃ってしまえば終わりである。
手っ取り早く簡単に済ますことできる「坊っちゃんヘア」は、当時の小学生御用達のヘアスタイルとして、多くの理髪店で採用されていた事実ははうなずける。
安い、早いとくれば、お金を出す母親からは「坊っちゃんヘア」の一択を強要され、子供の要望などただのワガママとして、これまた理髪店主人の如く聞く耳を持ってもらえなかった。
私は、どうしてもこの青ゾリ後頭部の髪型を気に入ることができず、理髪店ではなく、母親の通う美容院での散髪を熱望しても、それは頑として受け入れてはもらえなかった。

こうして母親と理髪店の、ウィン・ウィンで強固な関係は自然発生的に出来上がっていた。

あれから時は流れ、普段通るロードサイドに理髪店の姿はほとんどない。
あれだけ隆盛を誇っていたというのに、今ではその面影さえも街並みから消えようとしている。
そんな盛衰を思いながら、美容院の駐車場にバックで車を停めたのは、予約時間15分前の15:45であった。

青髪クン

少し重たいガラスドアの小さいエントランスをくぐると、真っ青な髪の色をしたスタイリストが元気よく声をかけてきた。
「いらっしゃいませ五郎さん、お待ちしておりました」

はて、お店のサイトで顔を確認したんだけど、指名したのって彼だったっけ?
余りにもビビットでブルーな髪色をした目の前の彼は、出来損ないの「鬼滅の刃」のコスプレイヤーのようであった。(伊之助)

万年メタボ、ファッションや髪型には頓着がなく、お洒落とは百万光年も離れた場所で生息している私の場合、美容院に行くのは、収拾がつかなくるほど髪が伸び切ってからだ。
妻に吉川晃司のシンバルキックを一発喰らい、ヒステリーが大爆発したところで、渋々ホットペッパービューテーで予約を入れる。
今年に入ってからはようやく三回目の美容院であったのだ。

そんな小汚いオッサンが若い女性スタイリストなど指名するはずもない。
指名するなら、1時間8,000円程度のチャージ料をボッタクられる店でしたいものだが、あいにくコロナ禍のステイホーム生活でお小遣いは10,000円だ。ドリンクバックをねだられても「水飲んでて・・・・・」と恥辱の極みを味わうことになる。
ゆえに、私は美容院でも、女性スタイリストは今の今まで指名なぞしたことがない。
男性、しかもそんなにパッとしないスタイリストを選んで指名したつもりだったのだが、目の前でハサミをヒラヒラさせている青髪クンは、まぎれもなくヘラヘラしているチャラ男だった。

「あ、俺、お店のサイトの写真と全然感じ違うっしょ?昨日髪染めたんっすよ」
サイトに写真を掲載する前に髪を染めてほしかった・・・・・。
そうしたら、すくなくともキミは指名していなかったよ。

青髪クン、挨拶こそしっかりしていたのだが、それから後がイケなかった。
「今日はどんな感じにしちゃいますぅ?バッサリやってスッキリしちゃいますぅ?」
語尾に小さい「ぅ」を付け、語尾が尻上がる話し方にイラっとする。
体をクネクネ、ハサミをヒラヒラ。この時点で後悔最高潮に達したのだが、ここで帰宅しようものなら、また妻からのシンバルキック三連発を喰らって卒倒するに違いない。
しかたなく椅子に座り、またしばらく美容院には来ないことを伝え、思い切ってバッサリとやってもらうことにした。

美容院に行くとアレコレ話しかけてくるスタイリストがウザい。
「はい」でも「いいえ」でも、どちらで回答しても続くような、無意味で虚無な会話を延々と続けられるのは苦痛の極みだ。だがこの青髪クン、体はクネクネとくねらせているのだが、一度髪の毛にハサミを入れ始めると、途端に黙ってカットに集中してくれたのだ。
これはいい。こちらも黙って身を任せていればいいのだ。

目をつぶって静かにしていれば、余程のことがないかぎり彼らは客に話しかけてこない。
私は常に黙することで、彼らとのコミュニケーション拒否を全身で表明している。
「頼むから、めんどうくせぇから話しかけてこないでくれ」
ここまで明確に寝たふりをしていれば、シャンプー台に誘導するまではゆっくりすることができる。

目をつぶり、青髪クンが奏でるハサミのリズムに身を委ねているうち、段々と意識が遠くなっていった。
悪い癖だ。首のうしろ、肌に触れるか触れないかギリギリのところで開閉するハサミ。
動くハサミが首筋に触れるたび、ハサミから伝わる冷たさが動きとなって伝わってくると、途端に激烈な睡魔に襲われてしまうのである。
ギッチラと船を漕ぎだしてしまい、傾いた頭を両手で真っ直ぐになるよう直されたこと数限りない。

今日もまた綺麗にうたた寝をしてしまった。

「じゃ五郎さん、シャンプー台お願いしますぅ~」
青髪クンからの呼びかけにビックリして目を覚ました。
カットが終わったので、シャンプー台で一度髪を洗い流すのだが・・・・・。
目の前の鏡に映る自分の顔、頭を見て絶句してしまった。
そこには、あの忌まわしき小学生の自分が居たのである。
うなじ、耳の周りがガッツリと刈り上げられ、青々とした地肌が見えている。

酸欠金魚のように口をパクパクさせ、二の句が継げない状態でいる私を尻目に、青髪クンはシャンプー台に行くように私を促した。

「ウソだろ、ウソだよね?小学生の時にイヤでイヤで泣くほど嫌いだった、ワカメちゃんみたいな頭になってるけど、これってどういうこと?」
訳が分からず、ひたすらに鏡の中の自分をまじまじと見つめている私に彼が一言。

「五郎さんにバッサリやっちゃって!って言われたんで、思い切って5ミリまで刈り上げましたよ。いやぁ~本当にサッパリしましたねぇ」

まだ事態が飲み込めず、口をパクパクさせていた私に、そのヘアースタイルが「ツー・ブロック」であることなど知る由もなかった。

中島みゆきではないが、巡り巡って時代は回るのである。
まさか、あの坊っちゃんヘアが再び流行のメインストリームに躍り出ようとは想像がつかなかった。

首周りが異様に寒い。
風邪をひきそうである。

 


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