人生の苦だんご

人生は恥の上塗り

思えば、いや、思わずとも、恥の上に恥を塗り重ねながら、我が人生は半世紀以上の時を重ねていったのだ。

芳醇なウィスキー(サントリーオールド/格安酒屋で購入¥1,450税別)が一口、喉の奥を通り抜けていく。
無精髭が薄く浮かぶ喉元を小さく上下させながら、ゆっくり、ゆっくりと、琥珀色の液体が肚の中に収まっていく。

誰かが言った。
「ウィスキーを飲んだ途端、神が全身を暖かく抱きしめてくれたのだ」と。

私の場合は神ではなく、艶かしい遊女が着物の帯を解くように、ゆるりゆるりと、蛇が蜷局とぐろを巻くような、湿った肌触りと生暖かさでウィスキーに抱きしめられるのだ。
そんな酔いに溺れる宵ほど、愚かな過去の自分を思い出してしまう。

年相応とはなんぞや?と、その言葉の定義を紐解かずとも、幼少期から学生時代まで、いや、成人した後も、ありとあらゆる愚かな年不相応な行為を繰り返してきた。

授業中、聞きかじりの難しい言葉や単語を使い、トンチンカンな発言を繰り返し教師を困惑させた。
台風が直撃している最中、傘もささずに氾濫寸前の河川敷まで様子を見に行き、轟音を立てて海へとながれていく濁流を見ながら、猿のごとく雄叫った。
酒が飲めるようになってからは、自分が摂取できるアルコール量をわきまえず、ただ量を飲めるのが男気!とばかりに、無茶な飲み方をしては醜態をさらした。
汚泥にまみれた路肩に顔面をこすりつけ、そのまま尻を高々と上げた格好で朝を迎えたことなど数限りない。

女性に関しても・・・・・。
いや、もう止めておこう。
とにかく、「お前、どうかしてたんじゃないの?」と揶揄されるような、奇行・愚行の数々しか思い出せないのだ。

今の時代、その行動様式を端的に言い表せる言葉がある。
「承認欲求」。
周りに注目してもらい、認めてもらい、相手にしてもらいたいのだ。
その欲求を満たせるのなら、ソレが奇行と笑われようが、愚行と罵られようが、やっている最中に自分自身のテンションが縛上りになってしまい、股間はビショビショ状態。
もはや、自分ではその行為を止めることができないのだ。

程度の差こそあれ、半世紀以上の人生をサヴァイブしてきた今とて、その傾向にいささかの違いがないのが情けない。
アラフィフを過ぎて中二病が抜けないって・・・・・。

呪詛の虫

数週間前の金曜日。
煉獄の炎を心に宿した、グリグリ目玉の青年が無限列車に乗車するまで、かつて、日本映画興行収入トップの座に君臨し、アカデミー長編アニメ映画賞を受賞した作品が、何度目かの地上波放送に乗った。

劇中。
主人公の少女が、白龍に変身した満身創痍の少年を介抱するシーンがある。
その中で、少女が白龍に与えたモノが「苦だんご」だった。
まるで泥のように腐った色合いと、顔をしかめてしまうような臭気を放つその「だんご」を、少女は抵抗する白龍の口の中に無理やりじ入れたのだ。

うめいた白龍はしばらくの後、苦だんごの効用により、肚の中に巣食っていた、呪詛の念が込められた虫を吐き出せたのだ。
モゾモゾと禍々しく蠢く呪いの虫・・・・・。
作中では悪意に満ちた魔法使いの老婆が、その少年を意のままに操ろうとして、彼の体内に巣食わせた「魔法の契約」を具現化したものとして描かれていた。

そのシーンを見て思ったのだ。
きっとどんな人間にも、心のなかに無数の呪詛の虫が巣食っていると。
遠い記憶の中に埋もれ、意識の表層に現れることはない。それでいて、しっかりとした痛みを伴う負のオーラに包まれたどす黒い呪詛の虫だ。

臨終の際、人は、今までの人生を走馬灯のように思い出す瞬間があるという。
息を引き取るその瞬間、人生の苦だんごを口にして、私はようやく、心のなかに巣食った呪詛の虫を吐き出すことができるのだろう。
人生を彩った数々の素晴らしい思い出とともに、同じくらい、いや、それ以上の呪詛の虫がでてくるのは必至である。
「あぁ・・・・・すっかり忘れてたけど、こんな馬鹿げたことも言ったし、やってたんだなぁ・・・・・情けねぇ、恥ずかしい・・・・・」
甘やかな痛みが心を少し締め付け、そして徐々に緩んでいく。

生きているうちに苦だんごを食し、しっかりと自分の過去に示談したいものなのだが、それは許されないのだろう。
まだまだ人生の苦だんごを食すには早い。
まだまだ恥の上塗り人生は続くのだ。

今でさえ、数限りない恥の思い出がいつでも頭に浮かぶのだ。
これが人生の最後の最後、苦だんごを食べたらどうなるだろう?
素晴らしい思い出はホンの数瞬で、後は延々と呪詛の虫が駆け巡る・・・・・に決まっている。

あぁ、今からでも人に誇れるような思い出を、一つでも多く作ることができるだろうか?
いや、もう遅すぎるだろう。

今夜、ウィスキーの酔いが苦だんごの代わりをしてくれている。
顔が赤いのは酔ったせいか?
それとも、今までの恥ずかしい思い出に赤面しているのか?

もう、そんなことはどちらでも良くなっていた。
夜はしんしんと冷えていく。

 











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