たまには電子書籍を離れたい理由

電子書籍(Kindle)は便利!

読書はもっぱらKindleデバイスを愛用している。

手軽で場所を選ばず、軽くて持ち運びが便利。
いつでもどこでも好きな時間に読書を楽しむことができるからだ。

Kindleの初登場は今から12年前の2007年。
発売後数時間でソールド・アウトになり、しばらく品薄状態が続く大ヒット商品でのロケット・スタートだったのである。

下の写真をご覧いただければお分かりだが、現在のKindleとはかなりルックスが違う。
画面は6インチ、メモリは256MB(SDメモリカードで拡張は可能)。
値段は400ドル(約37,000円)だった。

初代Kindle
GIZMODEより引用

本格的な電子書籍端末の登場は衝撃で、前述もしたが、時間と場所を選ばずに読書が出来るのは本当にありがたかった。(Kindleデバイスだけでなく、PCやスマホ、タブレットで読めるのも本当にありがたい)

また、リアルに沢山の本を購入した場合、その保管場所に困ってしまっていたのだ。

本棚の容量には限りがあり、古い本はクローゼットの隅に片付けるか、ブックオフなどで売るなどしてスペースを確保しなくてはならない。
古い本はなるべく手元に置いておきたい派なので、保管場所はいつも悩みのタネだったのだ。
おまけに本は束になると結構な重さになる、これも悩ましい。

その点、電子書籍はメモリの中に数百冊以上のデータを保管する事ができる。
保管場所の確保や、物理的な本の重さに悩まされることも無いのだ。

まさに良いことづくめなのである。

紙の手触り

いいことづくめの電子書籍なのだが、実はそんなに浸透してないようである。

実際、通勤途中で電子書籍デバイスで本や漫画を読んでいる人を見かけたことがあるだろうか?
私はあまり無い。
一昔前の通勤電車内の風景は、漫画週刊誌を広げて熱心に読みふけるサラリーマンの姿があったが、今はそれすらもない。

皆一様にスマホを見ているのだ。
漫画週刊誌がスマホに取って代わられたのである。

また、Kindle端末を利用していて難なのだが、画面を見ながらの読書というのは実に味気ない。
オフィスでPCの画面越しに書類を読んでいる気になってしまってしまうのだ。

仕事で書類を読んだりするのは「読書」とは呼べないだろう。
どちらかと言うと、仕事のため「読まされている感」が強い。
自らの楽しみとして行う行為とはほど遠いのだ。

かなりアナログ人間的になってしまうのだが、はやり、「ページをめくる紙の手触り」というものが欲しいのだ。
ページをめくるたび、「本を読んでいる!活字を楽しんでいる!」という感触が伝わるのである。
この生理的感触があってこその「読書」と言えるのではないだろうか?

活版印刷技術は未だに強いアドバンテージを持っているのだ。

久しぶりに書店で本を購入

PC画面からお目当ての本を探し「購入ボタン」を押す。
決済処理が終了すると、即座に自分の端末に本のデータがダウンロードされ、読むための準備が整う。
本当に便利だ。
物理的、時間的制約が何も存在しない。

たが、実際に書店に足を運び、本を探すという行為は実に楽しい。

平積みされた表紙、本棚の背表紙を眺めながら書店で過ごす時間はとても楽しいのだ。
本の中身がわからずとも、表紙のデザインに惹かれて購入してしまうことも多々ある。
いわゆる「ジャケ買い」というヤツだ。

素晴らしい本との一期一会を楽しむ時間。
これは何者にも代え難い。
電子書籍と対極をなすような、このアナログな時間の使い方も大切なのだと思う。

久しぶりに紙に印刷された活字が読みたくなり、書店に足を運んだ。
お気に入りは、辻堂にある「湘南T-SITE」だ。

神奈川の西の外れ、私の住んでいるクソ田舎には品揃え豊富な書店がない。
ベストセラーなどのメジャーな本はあるのだが、マイナーな部類の本や小説、専門書などは取り寄せてもらうしかない。
取寄せに数日かかるくらいなら、それこそ電子書籍でその場で読めたほうが便利だ。
到着までヤキモキしながら待つのもシンドイ。

その点、「湘南T-SITE」は規模がまるで違う。
建物ごとに、あらゆるジャンルの本が並び、個性豊かなショップが入っている。
「文化複合施設」と銘打っているが、まさにその言葉通りなのである。

ここに来ると、半日は時間をたっぷり使って本を探すことが出来る。
季節に応じた催事も多く、訪れるたびにいつもワクワクしてしまうのだ。

素晴らしい本との出会いを求めて、月に1回は書店に出かけるようにしている。
海岸線をドライブするのも楽しい。

電子書籍と書店。
バランス良く読書を楽しむスタイルが合っているような気がするのだ。


湘南T-SITEへのアクセス
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