一陣の風のごとく
視界に映る景色の全ては、太陽光のまばゆさの中に浮かぶ雲の白さと、その白を際立たせるような空の青さで満たされている。真夏の強い日差しの中、プールサイドに腰掛けながら、膝まで浸かった両足をバタつかせ、休憩時間の終わりを待っている14時50分。10分の休憩時間終了のホイッスルを合図に、子供たちが一斉に、空色のプールの水に吸い込まれていく。
小学生時代の夏休み。私は数人の友人と連れ立って、市営プールで過ごす日々を送っていた。市で運営しているプール施設の利用料はたったの100円。朝10時の開場時間から入場し、昼食は母親からもらった200円でカップヌードル・カレー味を堪能し、遊ぶだけ遊んで疲れた身体をひきずりながら、あちこちにサビの浮いた自動販売機でチェリオのグレープ味を買って締めくくるのが、夏休みの正しい過ごし方だった。
カラカラに乾いた喉を通り抜けるチェリオ。太い束となって張り付いている額の髪の毛からは、バスタオルで拭ききれなかった水滴が汗とともに、顔をつたい首もとを流れていく。
アスファルトからの照り返しをなぎ払うかのように、全身を吹き渡る風は爽やかだった。
まだ梅雨の明けきらぬ蒸し暑い夜。Amazonプライムビデオで配信中の「鬼滅の刃」、全26話を視聴し終えた後に感じた爽やかさは、あの一陣の風を思い出させるものだった。こんなアラフィフのくたびれたオヤジに、記憶から薄れつつある、もう取り戻せない夏の夕暮れを思い出させてくれたのである。
知らないことは罪なのである
「鬼滅の刃」。今さら説明の必要なないであろう。
吾峠 呼世晴(ごとうげ こよはる)氏により2016年から少年ジャンプ誌上に連載され、2019年4月よりTVアニメが放映開始になるや、またたく間に人気に火が付き、社会現象を巻き起こしたのは記憶に新しい。
少年ジャンプは車田正美氏の「風魔の小次郎」辺りで卒業し、ビッグコミックスピリッツへ移行してしまった私は、Dr.スランプはリアルタイムで読んでいても、それ以降の人気作品の数々は、雑誌の紙面を通して楽しんだ記憶はない。全てはアニメ化されてから楽しませていただいているものばかりだ。
(Dr.スランプがアニメ化されたとき、脳内で出来上がっていた世界観との激しいギャップに、目頭が熱くなったことは忘れられない)
鬼滅の刃も例外ではなく、今回のAmazonプライムでの視聴を終えるまで、その漫画作品の存在と名前くらいしか認識出来ておらず、登場人物はおろか、大まかなストーリーすら理解していなかった。
「鬼滅の刃、なんだそれ?」と言い放った時、「五郎おじちゃん、読んだこと無いの?嘘でしょ?信じられない!」と、薄汚いくたびれたオッサンに加えて、世の中の流行りについて行けない、悲しい情弱オヤジもプラスされた視線で、15歳の姪っ子からしげしげと見返されるに至ったのである。
別に、ナウでヤングなジェネレーションに迎合しようとする思考など持ち合わせてはいない。ともすれば、「漫画ばかり読んでおらんと勉強せんかぁ!」と、磯野波平ばりに雷の一つでも落としてやろうかと思ったのだが、姪っ子からの見下げるような侮蔑の視線に耐え切れず、「それって、そんなに面白いの?アマプラでタダで見れるの?じゃあ、ちょっと見てみよっかなぁ~」と、すっかり迎合する気満々の返答をしてしまったのである。
そこまで言うなら見てやろうじゃないの、面白くなかった文句の一つでも言ってやる!
鼻息も荒く、そこから3日間かけて、シーズン1全26話を視聴し終えたのがたった今だったのである。
少年漫画における、冒険活劇の王道を行くストーリー
時は大正。文明の明かりがまだ十分に庶民生活にまで届いておらず、漆黒の闇に巣食う、悪しき鬼の存在がまことしやかに信じられていた時代。
主人公の炭治郎(たんじろう)が一晩家を留守にしている間、家族は謎の鬼により惨殺されてしまう。唯一、奇跡的に一命をとりとめた妹の禰豆子(ねずこ)は、無残にも鬼に変形を遂げてしまう。鬼への復讐を果たすため、また、禰豆子を鬼から人間へ戻す方法を求めるため、二人は共に旅に出る。
というのが、この作品のプロローグである。(この程度ならネタバレにはならぬであろう)
強大な敵(鬼)からの理不尽な蹂躙、鬼に変形した哀れな妹、剣術を磨くために経験する壮絶な修行、それにより会得した奥義、旅立ち、友との出会い、立ちはだかる鬼との激闘、鬼滅、旅の再開・・・・・。
書いていて思うのだが、少年漫画誌に連載される冒険活劇において、大ヒット間違いなしのテンプレートに、見事に沿ってストーリーが展開されていく。
過去大ヒットした作品も例外なく、おおよそこのようなテンプレートに沿ったストーリーが展開されていると思うのだ。
ともすればワン・パターンで、先々の展開をを見透かされてしまいがちなのだが、登場人物のキャラ設定が際立っており、推しキャラに感情移入することで、それが気にならない。むしろ、こうであって欲しい!と願う通りに、ストーリーが展開するよう仕向けられているのかもしれない。(これも作者のクレバーな作戦勝ちなのだろう)
見事である。
酸いも甘いも噛み分けた、普段から苦み走った顔をしているオヤジでさえ、思わず時間を忘れてTV画面に見入ってしまったのだ。
「こりゃ面白れぇ!」。思わず唸っていた。
点と点を線へと繋げる魅力、その起点は禰豆子
王道のストーリー展開にも関わらず、これだけ熱狂的支持を持って受け入れられた背景には、感情移入しやすい、際立ったキャラ設定によるものが大きいのではないだろうか?
家族や友人を愛し、彼らと己を守るため、ひたむきに努力して剣技を鍛え、前進していく炭治郎。鬼との戦闘回数が増えていくうち、徐々に戦略的になり、技を応用するバリエーションも増えていく。敵の特性に応じ、柔軟に闘い方を変えていく成長過程が丁寧に描かれていく。これぞまさに、清く正しい冒険活劇の主人公たるキャラ設定と、成長の描写なのである。大多数の少年たちは、炭治郎の活躍を通じて、一種の自己実現の確認をしたのでははないだろううか?
炭治郎以外にも魅力的な登場人物は多数登場する。
臆病者でヘタレ、クチを開けばネガティブな発言ばかりしている善逸(ぜんいつ)。実は、数ある登場人物の中でも彼が一番のお気に入りなのだ。もし私が劇中に登場しようものなら、きっと善逸と同じ思考回路を持ち、同じ台詞を発すると思われるからだ。浅からぬシンパシーを感じてしまう。(彼のように、土壇場になって恐るべき剣術を振るうスキルはコレっぽっちも無いのだが)
陰鬱とした雰囲気に支配されがちな作品に、一定の笑いの要素を与えてくれてもいる。
他にも、左近次、伊之助、個性的な能力を持つ鬼滅隊の面々が登場し、宿敵である鬼舞辻無惨(きぶつじむざん ← それにしても凄いネーミング)へと近づいていくストーリーは、いやが上にも盛り上がってくる。
そんな中、個性的で一つの点として描かれる登場人物を、線として繋げているのが、他ならぬ鬼へと変形した禰豆子なのだ。彼女の存在こそが、本作の最重要なキーとなっている。
鬼に変形しているにもかかわらず人を襲わず、炭治郎とともに旅を続けることにより、鬼滅隊からもその存在を認められるようになった禰豆子。
漫画は既に完結しているらしいのだが、これから先、彼女を起点にしてストーリーが展開していくであろうことは想像に難くない。禰豆子により、個々の点という存在であった登場人物が、ストーリーの骨格をなす一本の線として繋がっていくのであろう。
(漫画を読んでいないので、ひょっとしたら見当違いな予想なのかもしれないが)
無限列車に乗り込み、宿敵、鬼舞辻無惨が待つ新しい任務に向かう炭治郎の活躍やいかに!
10月より、シーズン2がアマプラで配信開始になるとのアナウンスがあった。その前に姪っ子からコミックスを借りて読んでしまおうか、はたまた配信を待ってピュアな心持ちで作品を鑑賞するか。悩みどころではあるが、ここはジッと我慢してアマプラ配信を待つことにする。
コミックスを読んでしまったとあっては、アニメを視聴した時に、面白さが半減してしまうと思うからだ。
我が家のメタボ鬼、見事に滅せられる
基本、鬼滅の刃の視聴は夕食後にすると妻と約束していた。
面白い作品は、食後のお楽しみとして二人で共有するのは当たり前!と、妻はもっともらしい正論をいうのだが、日中パートに出かけTVを見ることができない状況の中、テレワーク終了後、私一人だけが先行して楽しむことがどうしても許せないのあろう。
口を酸っぱくして、「いい、見るんだったら一緒に見るんだからね。先に見たら、水の呼吸、弐ノ型を問答無用で喰らわすので、そのつもりで!」と、念押しされていた。
我慢の4連休最終日の今日。
家事を終了させる妻を待つことが出来なかった・・・・・。どうしても昨夜の続きが一刻も早く見たかったのだ。
風呂掃除終了から帰る妻をを待たずして、いけないとは理解しつつ、昨夜の続きを一気に視聴するという暴挙に出てしまったのだ。
無限列車に乗り込んだ炭治郎たちの新しい旅が始まる!
堂々の第一部完!とも言うべきラストシーンを視聴し終わった瞬間、背後に背筋も凍るような殺気を感じた。
大汗をかき、風呂掃除から戻ってきた妻の気配を感じ取ることが出来ず、思わず背後を取られてしまったのだ。
一閃!
手に握ったバスタブを洗うためのスポンジが、空に弧を描いたかと思った瞬間。水の呼吸・弐ノ型、水車の攻撃を浴び、私の頭から背中がビショビショに濡れた。
「一緒に見るって言ったのに、私が風呂掃除をしてる間に見るとはなにごと!」。
怒り狂った妻を鎮める術を私は知らない。こうなったら怒りが収まるまで、ひたすら半沢直樹状態で土下座だ。
蒸し暑さで不快指数がマックスに到達した夕刻。
我が家に巣食う「ぐうたら寝たきりメタボおやじ」は鬼とみなされ、お館様である妻から滅せられたのである。
今夜のおかずが、ダイエットのためという理由で一品減らされたのはいうまでもない。
減らされたおかずは、日輪刀の鋭さのごとく、私の胃袋を強烈に締め上げたのである。
約束は破るべからず。
涙の4連休はこうして暮れていくのである。