記録的な酷暑だった今年の7月初旬、Uはやってきた。
少しキツめのウェーブがかかった黒髪と白い肌が特徴的で、とても細く華奢な体つきは女性的なしなやかさを感じさせる。とても柔和で優しい笑顔と、口数は少ないが丁寧でゆっくり話す口調と相まり、更に中世的な雰囲気を醸し出している。
リゾート事業部門での仕事を兼任しているため、業務の中で派遣社員との関わりを持っている。
派遣社員というよりリゾバ(リゾートバイト)と言った方が馴染みが深いだろう。
2~3ヶ月の短期間、ホテルやスキー場などのリゾート施設で住み込みで働くアルバイトのことだ。
彼らが住み込む社員寮の運営管理、入退去に関する各種事務手続き、その他を行っているので派遣社員との接点は必然的に多くなる。
Uもそんな派遣社員として、我がリゾート事業部門が運営するホテルにやってきたのだった。
Uは日に日に真っ黒になっていった。
彼の配属された営繕部門は施設保守を行っており、また、車で来館した宿泊客の駐車場への誘導、玄関先までの荷物の運搬とアテンドも仕事のうちに入っていたからだ。
ヘタをしたら死亡者が出るやもしれなかった今年の夏の日差し。
ギラつき痛みを伴う陽光は容赦なくUの白い肌を焼いた。
入社時の陶器のような白い肌はいつしか赤くなり、次第に浅黒くなってゆき、最終的にはみりんで焼き上げたブリの表面のように黒光りして照りまで出てきた。
夏色に染まったUは、駐車場にいるより湘南の浜辺にいるほうがしっくりくるほどだった。
Uはとにかくシャイだった。
駐車場で宿泊客を出迎える。いわばお客と宿とのファースト・コンタクト役を担っているというのが心配になるほど、事務所での彼は無口で物憂げだった。
ハッキリと意思表示をしない。聞かれたことしか答えない。酷暑の中での立ち仕事に不平や不満も漏らさない。
最初のうちは色々と話しかけていた社員たちも、彼のあまりな塩対応にいつしか挨拶程度しか言葉を交わすことがなくなっていった。
そんなある日、社員寮に帰る途中のUとたまたま出くわした。
「お疲れ様!」と声をかけたが、Uの塩対応は他の社員から聞き知っていたので、返事が返ってくることはないと思っていた。
だが、いきなりUがつかつかと私の方に歩み寄ってきて、あの柔和なニコニコとした笑顔を向けて話しかけてきたのだ。
「僕、そろそろ2ヶ月になるので契約期間が終わります。退寮の日を相談したいんですが・・・・・」
契約満了による退寮日の相談だった。
退寮の日取りをある程度決めたあと、とりとめのない話を始めた。
Uは29才であること。
究極的なコミュ障であること。
リゾバをすることで少しでも人との接点を増やし、社交的になりたかったこと。
今まで色々な職場を転々としていて、ここに来るまでは外国でバックパックの旅をしていたこと。
旅先では命と同じくらいに大切な、パスポートと財布と新品のMacBookまで入ったリュックを置き引きされたこと。
つい最近ようやく本当にやりたいことが見つかったこと。
そのやりたいことはクラブDJであり、様々なビートをメイクしてオリジナルのMIXを作り披露したいこと。
とにかく自分を音楽で表現したいこと。
楽器の経験はヒトツもなく、楽譜もまるっきり読めないこと。
PC一台とターンテーブルと自分のセンスしか武器がないこと。
ここの寮を出たあとは都内のシェア・ハウスに住み、仕事を探しながらDJとして必要なことをコツコツと学んでゆくこと。
お金はないがヤル気とワクワク、ドキドキだけは止まらないこと。
決して若くはないが、これを逃したら一生自分のやりたいことにトライできないと決心したこと。
最初のウチはホホゥと感心して聞いたいた身の上話や夢の話も、後半にゆくにつれ不安がムクムクと持ち上がってきた。
音楽などの芸術分野にトライして、立志伝中を目指すのは大いに結構だと思うのだが・・・・・。
いかんせん目先の先立つもの、いわゆるお金を得るための計画があまりにも漠然としすぎており、いくら格安のシェア・ハウスで夢に没頭するにしても大丈夫なのかと思わずにはいられなかった。
Uが私にだけ夢を語り、これからの人生プランの一端を話して聞かせてくれたのは、ひとえに年齢差によるものだった思う。
事務所の社員連中は20台前半の子がほとんどを占める。
あまりにもシャイなUは、同世代の人間にそれを語っても一笑に付される危惧があったのだと思う。
その点、親ほども年齢差のある私には素直に自分を晒すことができたのではなかろうか。
たった2ヶ月という一期一会のような期間の出会いの中、フッと心を許す隙間ができたのだろう。
旅をしたらいいと思う。
やりたいことをやらずに今際の際で後悔するより、自分の夢を他人に公開して自分を納得させて進んでみるのも、これまた若さゆえの特権なのだと思う。
今の私はやりたいことよりも、やれないことを数えるほうが現実に即した年令になったのだ。
Uの若さを心底羨ましいと思う。
夕闇が周りの景色をUの肌と同じ色に染め上げるころ、ニカッと白い歯で笑いUは社員寮に向かって歩き出していた。
今、窓から見える紅葉樹は真っ赤に染まっている。
今頃Uは何をしているだろうか。
白い歯を見せニカっと笑い、一心不乱にクラブDJになるという夢の階段を登り始めているのだろうか。
日焼けは落ち着いただろうか?
YOUは何しにリゾートへ?
Uは叶わぬかもしれぬ自分の夢のため、リゾートに来たのだった。
コミュ障を少しでも克服し成功してほしいと思う。
立派になった時、このリゾバの経験が少しでも役立ってくれていたと願ってやまない。
