我は悲憤慷慨する町田先生
「教師生活25年、こんな経験はしたことがない!」と悲憤慷慨しているのは、ド根性カエルに登場する町田先生(白髪で入れ歯)だが、既に彼より長くサラリーマン生活を送っているこの私も、ご多分に漏れず、毎日のように涙を流しながら嘆き悲しんでいる。
何に?・・・・・そう、上司にである。
決してサビの効き過ぎた梅さんの握る寿司のせいではない。
上司は自称「イケてる男」
私より2歳年下の部長は、自称「イケてる男」。
五円ハゲのあるソフトモヒカンは、ただのヘンテコな五分刈りにしか見えず、雑種犬のようにマダラに白髪が目立つ。
それでもサロン通いには余念がないらしく、専属のスタリストが居るのだそうだ。
スタイリストより先に、リアップ購入の方が先だと思うのだがいかがだろうか?
大学のチャラさ全開のサークルよろしくシーズンスポーツをこよなく愛し、夏はサーフィン、冬はスキー、その合間にゴルフをやるものだから顔面はテカって赤黒く変色。世の流行を追随することももちろん忘れてはおらず、車は常に新車に乗りたいからという理由で、「サブスクリプション」という名の生涯ローンを活用する屁理屈ナイス・ガイだ。
下手すりゃ住宅ローンよりはるかに始末に悪い。桜井日奈子嬢の策略にすっかり騙されているのだ。
「一生新車に乗ってろ!」
また、常にApple製の最新デジタル・ガジェットを身に着け持ち歩いてる。
左手にはApple Watech、右手にはIPhone、小脇に抱えるはiPad。
全身リンゴコーディネイトされたその姿は、都内のスタバに颯爽と現れるノマド・ワーカーのそれと変わらない。
それらガジェットをアクセサリーの様に身につけることにより、自分がワンランクもツーランクもアップグレードされた気でいるのだろう。
そんな部長だが、IPhoneとiPadのiOSバージョンは買った当時のままだ。肝心なモノのバージョンアップはすっかり忘れてしまっている。頭のネジの外れっぷりは「花のピュンピュン丸」が如し。
「最近、アップグレードを語ったスパムメールがウザいんだよなぁ~・・・・・」。
さすが、スリーランク上のイケてる男はリスク管理にも余念がないのである。
もちろん、彼が所有するAppleデバイスは連携されることなど決してなく、全てスタンドアロン運用であることは言うまでもないが、念の為に付け加えておく。
イケてる男は意識高い系
叩きつけるだけ叩きつけたコロンと加齢臭とが交じり合い、耳の裏から漂うのは強烈なドブ底のようなパフューム。
あぁ、スーパーヘドロ・ミックス。
さらに、何かしらの動物の死骸が2匹ほど入ってるのかと疑わしき、バイオ・ハザードレベルの目に染みる口臭たるや筆舌に尽くしがたい。喫煙から帰ってきた後など、その毒性は更に何倍も増すのだ。最凶に、強烈に・・・・・。
加齢臭に口臭、まぜるな危険。たとえガラ空きだったとしても、彼とは絶対に同じエレベータに乗り合わせたくない。1階のフロアにたどり着く前に、確実に窒息死は免れないからだ。
そんな全身ポイズンまみれの上司だが、体形はまぁまぁシュっとしており、顔の造形はいたって普通だ。悪いところが特段見当たらない代わりに、取り立てて良いところも見つからない。
女子からは、「優しそうな人」の一言のみで形容されるに精一杯なマスクと言えば、ご想像しやすいだろうか?
更にこの上司、かなりのナルシストである。
自分ではおくびにもそんな素振りは見せることもないのだが、口から発する言葉の一つ一つがいちいち癇に障る。気障ったらしく常にドヤ顔で、何度も言うが口が臭い。
絶対友人にはなり得ない人種なのだが、遠くから見ている分なら大いに笑えるのだ。
完全にネタになる。
そんな彼につけたニックネームは「茹で小豆」。
顔が赤黒く、毛がちょぴっとしか生えていないルックスから命名したのだが、我ながらシュールで秀逸だとほくそ笑んでいる。
そんな「茹で小豆」、先日、とある顧客との電話口での会話は以下のようだった・・・・・。
「今回、御社のリクエストと、弊社のサジェスチョンしたグランドデザインがが完全にマッチし、結果、双方のコンセンサスが得られたとコンビンスドゥしております。パーフェクトなタイミングで提案のオポチュニティをいただけたことに感謝しております。本件がクローズした暁には、ファアスト・プライオリティでスキルフルなメンバーをエーサップでアサインし、チームビルドいたしますと共に、いかなるタスクで発生したイシューに関しましても、無理・無駄のない対応スキームで臨む準備が出来ております」。
一方的にまくし立てるだけまくし立て、相手に発言の余地を与える隙もなく、上記のセリフを一気にドブ底の香りと共に虚空に吐き出したのだ。
・・・・・やれやれ。
30年以上もサラリーマンをやっていれば、まぁそこそこビジネスで使用する英単語は目にしているし、理解もできる。
上記の発言を簡潔に言ってしまえば、「弊社からの提案は、御社のご要望を満たすだけの内容と自負しております。提案の機会をお与えくださってありがとうございました。ご成約いただけましたら、迅速にチーム編成を行い、最優先で本件に当たらせていただきます」。
と、こんな感じであろう。
このように、耳馴染みの悪い英単語をチョイチョイ会話にブチ込んでくる人種を「意識高い系」というのだろうか?
日本語で言えば一発で話が通じ、なおかつ手短に済むようなものを、わざわざ珍妙な英単語を織り交ぜて話すことで、鼻クソほどの承認欲求が満たされているのだろうか?
本人は気持ち良くしゃべるだけしゃべり、盛り上がるだけ盛り上がり、下半身はビショビショなのかもしれないが、聞かされているお客様の理解欲求は募るばかりだろう。
電話口の「茹で小豆」は、さながらガルマ追悼演説中のギレン・サビのごとく饒舌で強烈だった。
隣で聞いていた私の心は凍結だった。
「立てよ狂人!ジーク・自尊心!」
「意識高い系」は、独りよがり全開の、ひとり上手なKY人種なのだとつくづく思った。
そして見込み客との面会
「茹で小豆」の話が長くなってしまった。
今は見込み客と昼下がりのスタバで面会に臨むところだったのだ。
「始めまして、株式会社〇〇の□□と申します」。(既に相手の会社名や名前など忘れてしまった)
差し出された名刺を受け取り、やおら顔を上げ相手を見やれば、バッチリと両サイドを青く刈り上げたツーブロックのヘアスタイルを持ち、見るからにアッチ系のニヤけた男の笑顔が目に飛び込んできたのだ。
年齢は推測するに30代半ば。どう見たって私より一回りは年下だ。
ラフな白いロングTシャツにダークジャケットを羽織り、これまたダークパンツとくるぶし丈の靴下にローファー。
床に下ろしたメッセンジャーバックからは、想像した通りにMacbook Airを取り出してきた。
何故か椅子にふんぞり返るくらいに浅く腰掛け、足を組み、右手で頬杖を突いている。
無駄に熱量とモチベーションだけは高く、人と話をする時は必要以上に身体を前に乗り出し、グイグイと押し出し感がハンパない、そんな若き起業家の典型的なモデルが目の前に鎮座しているのである。
嫌な予感はした。物凄く。
この時点で、「あ、すみません人違いでした・・・・・」と逃げ帰るにも、会社も名前も割れてしまったのでそうも行かず、そのままの流れで通常のビジネスライクな挨拶を済ませ、システム開発に関するリクエストを簡単に伺うことになった。
「今回、弊社にシステム開発のオポチュニティをご提供しようと思いまして、ハイ」。
ダメだ・・・・・。オポチュニティなる単語を聞いた途端、「茹で小豆」の顔がまぶたの裏に現れて消えなくなった。
そこから先は何を聞いても頭が真っ白。理解するとかしないではなく、もう聞く耳を持てなくなってしまったのだ。
途中、オポチュニティ、コンセンサス、アグリー、エビデンス、ウィンウィン・・・・・・などの英単語が速射砲のように浴びせかけられたが、何てことはない、要はウチにシステム開発の仕事を発注させてやってもいいぞ的な、上から目線からの現状分析作業の依頼だったのである。
話は聴くだけ聞いたが、後日ソッコーでお断りのメールを入れた。
そもそも、こういう初顔合わせの面会で、自社を紹介するパンフレットを持ってこないというのはいかがなものか?
持参したMacに電源を入れることはなく、面会中はただの机のオブジェと化していた。
何のために持ってきたのだ?せめて自社のウェブサイトくらい見せて、事業内容や会社規模くらい説明するのは当たり前ではないか?(もらったメールから会社名が分かったので、私は自分で相手先のサイトはチェック済だったが)
意識高い人々には、どこか一般的な常識と呼ばれるものに無頓着と言うか、それは守らなくても仕事は回りますよね?的なスタンスが横行しているような気がする。
昭和に社会人デビューを飾ったロートルだが、未だに新入社員の頃に叩き込まれた常識は役に立っているのだ。
メールやライン、チャットなど、意思を伝達するツールやメソッドは変わったとしても、Face to Faceのやり取りでは、はやり昔ながらの常識が必須となる場面も多く見られるのも事実である。
彼の会社のシステム開発をしてくれるベンダーが、一日も早く見つかることを祈ろう。
今私が一番欲しいものは、あの忌まわしき「茹で小豆」との部署を異動させてもらうオポチュニティだ。
そうすれば、「茹で小豆」と私もウィンウィンの関係になれるのだが・・・・・。
やっぱり私も意識高い系の毒素に侵され始めてるのだろうか?
泣ける・・・・・。