受け取ったバトン

ヨウちゃんは不良だった

ヨウちゃんは不良だった。

誰が見ても一目瞭然。不良と呼ばれる生徒の、典型的な見本のようなクラスメイトだった。
友人として紹介したら、どんな母親も同じ様に怪訝な表情を真っ先に浮かべてしまうような、そんなルックスと生活態度がヨウちゃんのスタンダードだった。

今はヤンキーって言うんだろうけど、僕が中学生の頃、そんな生徒のことは、良きに非ずと書いて「不良」と呼ばれ区別されていた。
決して上手い表現じゃないけど、見事に的は得ていると思う。
学校の規則からはみ出している者は皆、「不良」というレッテルを貼って、ひと括りのワクの中に押し込めて、普通の生徒とは区別して対処するのが昭和のやり方だった。髪型でもファッションでも授業中の態度でも、良しとされるルールからはみ出す人間は、男女の例外なく不良として扱われた。
そう考えると、僕は学力の面からいったら確実に不良の部類に入っていたと思う。
ただ、先生や親からは一度も不良なんて呼ばれたことはなかった。
見た目や授業態度はいたって普通で、先生にとっては人畜無害な、勉強だけが出来ないだけの生徒だったからだ。

ヨウちゃんは、パーマでキツくウェーブのかかった髪の毛を、バッチリとリーゼントスタイルにセットしていた。
真っ赤なTシャツの上に開襟シャツ。小さな子どもだったら、身体ごとスッポリ入ってしまいそうなほどの太いズボンを履いて、学ランの丈は尻まで届く長さだった。
踏み潰した上履きのカカトは、廊下を歩くたびにペタペタって音を立てて、いつもダルそうで、ツマんなそうヨウちゃんと完全にシンクロしていた。

親父さんが経営している土建会社の手伝いをしていることもあって、いつも真っ黒に日焼けしていて、なにより腕っぷしが強く、筋肉量は普通の中学生の1.5倍はあった。惚れ惚れするくらいの上腕二頭筋だった。背丈はそれほどでもなかったけれど、筋肉で覆われた身体が、ヨウちゃんを余計に大きく見せていたんだと思う。

ヨウちゃんはとにかくケンカが強かった。メチャクチャ強かった。
僕の通っていた中学校はもちろんのこと、他の学区の生徒とケンカをしても、一度として負けたという話を聞いたことがなかった。
相手が泣いて謝ったって構わずぶん殴り続けたとか、一人で五人の相手とケンカをして、どれだけボコボコに殴られても絶対にギブ・アップをしなかったとか、指の骨が折れていたって平気でケンカに明け暮れていたとか、とにかく、ケンカに関しての武勇伝には事欠かなかった。
実際、ヨウちゃんがケンカしている場面に出食わしたことがある。
ヨウちゃんと隣のクラスの不良とのケンカだった。相手はヨウちゃんよりガタイがデカかったけど、ヨウちゃんはビビることなく、ただ面倒くさそうにジっと相手を睨み返していた。
しばらく睨み合いが続いた次の瞬間、いきなり相手が吹っ飛んでいた。一瞬目の前で何が起こったかわからなかったけど、激しい音を立てて、相手が廊下の壁に大きな黒いゴミ袋みたいに転がっていた。
真っ直ぐに伸びたヨウちゃんの右ストレートが、キレイに相手の顔面にヒットしていた。
ホンの数秒の出来事だったけれど、ヨウちゃんの拳の周りの空気がプスプスと音を立て、焦げているような錯覚がした。
怖いくらいの強さだった。ヨウちゃんがペタペタと上履きを鳴らしてその場を立ち去っても、しばらく僕はその場を動けなかった。

でも、ヨウちゃんは優しかった。
クラスメイトを大声でからかったりすることはあっても、陰湿なイジメは絶対しなかった。
逆に、イジメをするような卑怯なヤツを許さなかった。
ある時、些細なことでクラスメイトとケンカになり、あやうくイジメの対象になりかけたことがあったのだけれど、「おい!ツマンねぇことで五郎のこと文句言ってんじゃねぇよ!」と一喝してくれたおかげで、その後は何事も起こらず、卒業まで無事に過ごすことができた。
普段ほとんど接点のない僕のことを、ヨウちゃんはしっかりと見てくれていた。
嬉しかった。

中学卒業後は親父さんの会社で働くことを決めていたヨウちゃんは、受験対策が本格的になり始めたころ、パタっと学校に来なくなった。
先生も他の生徒も、もう目の前の受験に必死で、受験に関係ないヨウちゃんのことは空気のようになっていて、自然と誰も相手にしなくなっていた。
たまにフラっと教室に現れても、ドカっと浅く椅子に座り、授業中はずっと窓の外を眺めてダルそうで眠そうな目をしていた。

誰とも話さなくなったヨウちゃんは、やっぱりどこか寂しそうだった。

渡されたバトン

クラスメイトがそれぞれの志望校に入試を受けに行く前日。
ホームルームの時間になって、ヨウちゃんが教卓の前までゆっくりと進んで行ったかと思うと、いきなり大きな声で話し始めた。

「俺は高校には行かない。春になったら親父の会社で働く。それは俺が決めたことだ。みんなは俺とは違う。明日、高校受験の大切なテストだ。今まで頑張って一生懸命勉強したんだもんな。だから絶対大丈夫だ。頑張れ、応援してる!絶対頑張れ!!」

クラス中の空気の流れが止まったかのように、水を打ったようにシンと静まり返った。
今まで寂しそうにしていたヨウちゃんが、みんなの前でいきなり僕たちに勇気のバトンを渡してくれたからだ。
僕たちとは違う道を進むと決めたヨウちゃんが、思いを込めた精一杯の声でバトンを渡してくれたからだ。

幸いにも僕はギリギリで志望校に滑り込むことができた。
ほとんどのクラスメイトが、それぞれの目指す高校に入学することができた。

桜舞い散る中、ピンク色の綿菓子の中に埋もれたような校舎を後にして、ぼくたちは中学校を卒業した。
ヨウちゃんとはそれっきりだ。

あの日。高校入試前日に手渡されたヨウちゃんからの勇気のバトンは、未だにこの手の中にある。
本当なら、自分の子供にこの勇気のバトンを手渡してあげたかったが、僕には子供がいない。
でも、それでもいいと思っている。
あの卒業式の日から何十年も経ってしまったけれど、未だに僕は、本当の勇気を出して人生に立ち向かってはいないのかも知れないけれど、ヨウちゃんからのバトンは、まだしっかりと握りしめているつもりだ。
きっと死ぬまで離すことはないだろう。

中学校の同窓会が何度開催されても、ヨウちゃんは参加してくれなかった。
コロナ禍で去年の同窓会は中止になったけれど、もちろんヨウちゃんには招待状を出していた。

ヨウちゃんに会って、あの日渡してもらった勇気のバトンをまだ持ち続けてるってこと、あのバトンのおかげで、結構つらいことも乗り越えられてきたってことを伝えたい。
お互い今までどんな人生を送ってきたのか、酒を飲みながらゆっくり話してみたい。
話したいことは一杯あるんだ。

ヨウちゃん、会いたいなぁ。
ヨウちゃん、会いたいよ。

切ない気持ちの春が、今年もまたやってくる。

 


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