廃人確定の1月6日
イヤだ、ダメだ、無理だ・・・・・。
こんなネガティブワードがエクトプラズムのように次から次へと口から出てくるのは、出社して、昨年12月末の勤怠データ締め処理を終えた9時15分のことだった。
今年の正月休みは大型で、強烈で、スペシャルで、なおかつゴージャスだった。
泣く子も黙る10連休だ。ゴールデン・ウィークと夏休みに匹敵するほどの長丁場だったのである。
カレンダーの気まぐれによりもたらされた魅惑の10日間は、アイルトン・セナが駆るMP4の如きスピードを持って、「だって目の前にご馳走があるから食べちゃうもんね!」という、チートオプションを付けて私の前を駆け抜けていったのである。
豚足の貴公子に変貌し、コタツの中のポールポジションを誰にも譲らなかったのはいうまでもない。
あぁ、素晴らしき寝正月!
そんな連休明けの2020年1月6日。
いきなりアクセル全開、ブルブースト状態で仕事なんぞできるワケがない。
普段、どんなに全力で仕事をしてもハーフ・スロットル程度の実力しか出せないアラフィフおやじに、アイドリング無しの全開操業を要求されても、そのまま全壊操業へと繋がってしまう。
勤怠締めが終わった後は、正月休みでやり残したアレコレを思い返し、今週末に控える3連休でどうやってソレを取り戻そうか思案を巡らせるので精一杯だった。
来週月曜日が「成人の日」であったことなど、手帳を開いてカレンダーを確認するまで気が付かなかったというナチュラルなボケっぷり。
(これがハッピーマンデー法の弊害といえるだろうか?)
ひたすら虚空を睨み口を半開きでパクパクさせ、「おい、顔が酸欠金魚みたいになってるぞ!」と、同僚から呆れられるのもモノともせず、ひらすらアホ顔を晒しながらランチタイムまで無為な時間を過ごすのは、毎回の連休明けお約束のルーティーンである。
大型連休明けはどうやったって廃人状態だ。
仕事をするなんて、イヤだ、ダメだ、無理だ・・・・・状態だったのである。
総務から謎の通達メール
アホ顔をキープしたままPCの画面を覗くと、メール着信を知らせるポップアップが表示された。
送信元は総務部からで、下記のような内容だった。
件名:本社ビル「個室トイレ 人が待っていますボタン」本格導入のお知らせ
個室トイレ満室による長時間の待ち時間が発生していることを鑑み、本社ビルの一部トイレで「個室トイレ 人が待っていますボタン」を設置し実証実験を行った結果、個室トイレ回転率上昇に一定以上の効果があることが確認できました。
これにより、本社ビル全フロアのトイレにて、「個室トイレ 人が待っていますボタン」の本格導入と運用を決定いたしましたので、下記の通りご連絡いたします。
1.導入の目的
個室トイレの待ち時間短縮。
個室トイレ内での居眠り、スマートフォン利用(Lineやゲーム)などによる長時間利用はご遠慮ください。
利用マナーの向上をお願いいたします。
2.運用方法
トイレの壁に「個室トイレ 人が待ってますボタン」、各個室トイレ内に表示器を設置いたしました。
ボタンを押下することにより、各個室トイレ内の表示機が、音と光で「個室トイレを待っている人」がいることを利用者にお知らせします。
表示機が作動した場合、個室トイレ利用者は速やかに用を済ませて退出してください。
3.運用開始日
2020年1月6日(月)より
毎朝脂汗を流し、青い顔をしながら個室トイレが空くのを待つのが日課になっていた私にとって、まさに福音とも呼ぶべき知らせが舞い込んできたのだ。
これで急降下を告げる私の腹具合の悪さともオサラバだ。
目の前で個室トイレが満室になろうものなら、スケバン刑事のヨーヨーが如きこのボタンに、高橋名人直伝の16連射をお見舞いしてやるのだ!
「おまんら、許さんぜよ!」
本当に設置されていた「個室トイレ人が待っていますボタン」
本当に先のボタンや表示器が設置されているのか気になり、さっそくトイレへ直行してみた。
・・・・・あった!
トイレの壁には、よぉ~く見ないとスルーしてしてしまう程の、ちんまりとした小さな黒いボタンが掛けてある。
(昭和の玄関チャイムのようだ)
個室の方はというと、トイレットペーパーホルダーの上に、これまた昭和臭がプンプン漂うデザインの、小型トランシーバーのような形をした表示器が設置されていた。
パッと見、置き忘れられたゲームボーイのようなフォルムと色合いをしている。
どのような音と光で激臭プライベートタイムを邪魔するのか興味津々であったので、個室に入りしばらく様子を見ていた。空いていた他の個室にも人が入り、すでにトイレは満室状態。
さぁ、どこの誰かはわからないがボタンを押下し、その性能とやらを見せつけてくれ!
・・・・・少なくとも20分は待っていた。
その間、他の個室に何人かの人間が出入りしていたのを音と気配で確認している。
どうして満室なのに誰もボタンを押さないのだ?
20分も待っているのに、「個室トイレ 人が待っていますボタン」は沈黙を守ったままだ。
バッテリーが切れているのか?はたまた表示器が故障しているのか?
表示器を手に取り確認してみるが、スイッチは入っている。
ボタンからの電波を受信するためのインジケーターは赤く光っており、どうやら正常に動作しているようだ。
では、なぜこの20分間、表示器は少しの明かりも点さず沈黙を守ったままなのか?
謎が謎を呼ぶ・・・・・。
いい加減サポっているわけにもいかず、私は個室を出た。
ふと見ると、個室の空きを待っている人間がそこにはいた!
は?どうして?なぜボタンを押さない?
ボタンを押せば、強烈な臭いで充満されたプライベートルームをつかの間わが物にできるのに?
再び個室が満室になった。
手を洗い事務所に戻ろうとしたとき、新たな人間が個室待ちのためにトイレに現れたのだ。
しかも、彼はボタンを押すこともなく、律義にスマホを片手に個室が空くのを大人しく待っているではないか。
そうだ、この「個室トイレ 人が待ってますよボタン」は言ってしまえばドアのノックと同じだ。
人間の手で行うノックという行為を、機械が肩代わりしてくれているだけに過ぎない。
自分に照らし合わせて考えてみても、いくら個室が満室になっていたとしても、けたたましくノックをしてまで明け渡すよう催促したことはなかったのだ。(超緊急事態の場合のみ除く)
舌打ちをしながら足を小刻みに震わせ、脂汗をかきながら、それでも大人しく個室が空くのを黙って待っていたのだ。
この装置を設置することにより一定の効果が認められたとあったが、果たして本当だろうか?
奥ゆかしき日本人は、よっぽどのことがない限りトイレのドアはノックしない。
肛門を突き破るが如き腹痛にも、「忍」の一文字でもだえ耐えるのだ。
明日からもきっと、個室トイレ待ちの行列は無くなることはないだろう。
ドアノックを機械化できても、それを押す人間のマインドを変えることは難しいのだ。
あぁ、明日もまた脂汗をかくのだ・・・・・。
いつか大々的にメルトダウンをやらかさないか、それだけが気がかりな連休明け初日であった。